乳製品の消費と病気の関係には、信じられないほど複雑な研究ネットワークが関係しており、すべて乳製品の全体的な影響について異なる見解が存在します。「牛乳が体に悪い」理由としてこの記事に引用した論文について、そのいずれに対しても「牛乳は体に良い」とする側からの反論を試みることは可能です(前立腺がんと1型糖尿病については反論は難しいかもしれませんが)。しかしその「牛乳は体に良い」側の反論にまたこちらも反論することは可能です。こうやって延々と論争を続けることができます。
「牛乳が体に悪い」理由として引用できる論文は、この記事にリンクしたものがすべてではありません。また、この記事にはほとんど掲載していませんが、公平に言って、「牛乳は体に良い」という論文も山のようにあります。全体的な牛乳論争については「牛乳は体に良い」というほうが優勢のように見えます。それには乳業界のマーケティング戦略が深くかかわっています。
まず、忘れないでほしいのは科学的に見える研究が必ずしも真実とは限らないということです。
ニューヨーク大学の栄養学教授Marion Nestle氏は、2015年3月から2016年3月にかけて、業界が資金提供した研究の概要をブログに投稿しましたが、Nestle氏は168の研究が収集し、これらのうち、156件はスポンサーである業界の利益を支持する結果であることをみつけています。そうではない研究は12件しか見つかりませんでした。
by Marion Nestle AUG 2 2017 Should nutrition scientists take food-industry funding?
乳業界は、その莫大な資金を研究機関に提供して、自分たちに有利な研究を引き出そうとしているようにも見えます。
例えばヨーグルト販売では世界シェア2位のYoplaitは英国の骨粗しょう症学会とアイルランドのアイルランドの骨粗しょう症に寄付していますが*1、その英国の骨粗しょう症学会は25歳未満の5分の1が、乳製品を消費しなくなってきていることについて、2017年に「乳製品をカットした食事は、若者の骨の健康にとってリスクとなる」という研究を発表しています*2。
*1 Yoplait donates annually to the National Osteoporosis Society in the UK and Irish Osteoporosis in Ireland (registered charity numbers: England & Wales 1102712, Scotland SC039755 and Ireland CHY11787)
*2 Dairy-free diets warning over risk to bone health 12 April 2017
2017年トロント大学は豆乳やアーモンドミルクなどの代替乳を飲む子供は牛乳を飲む子供よりも低身長だという研究を発表しています。この研究は遺伝が考慮されていなかったり、子どもの時に低身長であることがなぜ健康にデメリットなのかという問題もありますが、研究筆頭者がこれまで乳業界からの90000ドルの助成を含めさまざまな支援を受けてきたという問題も指摘されています。(注:ただし、乳業界に有利な研究がいつもこのように必ず乳業界の資金提供を受けているわけではありません)
カナダでは、連邦政府が乳業界と提携して大規模な乳研究クラスターを形成しており、2018-2023年の間で合計1650万ドルが使用されます。このクラスタープロジェクトでは牛のゲノム技術や耐性菌の監視などもの研究と並んで、乳製品の需要を増加させることを目的とした、「乳製品が肥満のリスクを低下させることを裏付ける研究」も含まれています。
(2013-2018に実施したカナダ連邦政府と乳業界の乳製品研究クラスターでは、もっと多くの乳の健康効果についての研究が行われています。)
The Dairy Research Cluster 3 (DRC3)
これからの乳消費はどうなるのか
畜産を含む農業は国を挙げて推進される産業であることとも相まって、乳業界のマーケティングはいまのところうまくいっているように見えます。しかしこれは長くは続かないだろうと思います。
近年豆乳やオーツミルクなどの代替乳の世界市場は急速に拡大しており、市場調査会社 Markets and Markets社は、乳製品代替市場(大豆、アーモンド、ココナッツ、米、オーツ麦、ヘンプ)は2018年の173億ドルから、2023年には296億ドルに成長するという予測を発表しています。
乳消費の低迷をうけて、アメリカでは乳産業があいついで破産しています。シンクタンクのRethinkXもまたレポート「Rethinking Food and Agriculture 2020-2030」(2019年)の中で、牛乳の需要は2035年までに90%減少すると予測しています。
上述したように2017年、ヨーグルト大企業のYoplaitから寄付を受けている英国の骨粗しょう症学会は25歳未満の5分の1が、乳製品を消費しなくなってきていることについて警告を出していますが、その甲斐なく、2019年にはイギリスの16歳から24歳の3分の1が植物性ミルクを選んでいます(乳の代替市場の状況についてはコチラに詳細があります)。
Britain turns its back on the dairy industry as a QUARTER of people now drink plant-based milks
現在のところはまだ牛乳消費が多い状況ですが、これから人々の乳離れが進み、乳業界の利益が減って圧力が弱まるにつれて「乳が必要」という伝説は瓦解していくのではないかと思います。
「牛乳が健康に良い」という研究が数多くある一方で、「牛乳が健康に悪い」という研究が数多くあることも事実です。あえてリスクのある可能性のある食品を選択する必要はないようにおもいます。なぜなら牛乳から得られる栄養素はすべてほかの食品で賄うことができるからです。
2020年に発表された論文は、アメリカの栄養ガイドライン*1で示されている乳製品の推奨量(2〜3歳の子供は1日2カップ相当、4〜8歳の子供は1日2カップ相当、 9歳から18歳の青年および成人の場合、1日3杯相当)に疑問を呈し、「牛乳から得られる栄養素はすべて他の食品から摂取できる」として、0-2杯のようなガイドラインにすべきだと言っています*2。つまり飲まなくてもいいということです。
*1 DIETARY GUIDELINES FOR AMERICANS 2015-2020 EIGHTH EDITION
*2 Milk and Health List of authors. Walter C. Willett, M.D., Dr.P.H., and David S. Ludwig, M.D., Ph.D. February 13, 2020 N Engl J Med 2020; 382:644-654
それでも牛乳を飲むべきか飲まないべきか悩んでしまう時は、乳牛がどのように飼育されているのかに目を向けてみてください。牛乳の健康効果を肯定否定する多くの情報に混乱してしまったとしても、間違いのない事実は、多くの牛が牛乳のために苦痛が多く短い一生を送っているということです。この事実は牛乳を飲むか飲まないかを考えるときに、健康に有益か否かよりもはるかに考慮する価値があります。