牛乳にはIGF-1が含まれているという話を聞いたことがある人もいるかもしれません。IGF-1(インスリン様成長因子)はガンを促進させるものの一つだといわれています。IGF-1は、体が正常な時は細胞の増殖速度をうまく管理しますが、不健康な時は新しい細胞の誕生と成長が促進され古い細胞の除去が妨げられてしまいます。ANSESが実施した科学論文データ分析は、IGF-1の血中濃度と特定のよく見られるがん(前立腺がん、乳がん、結腸直腸がん)の罹患率とに相関性があることを示しています。
フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES) がんの増殖リスクに影響を及ぼす乳及び乳製品の成長因子に関する報告書 資料日付 2012年5月7日
ただ2012年のこのANSESの報告書は、牛乳に含まれるIGF-1は、生乳処理の過程で減少し(処理方法によっては無くなり)、さらに体内に入っても時間と共に減少するため、乳由来のIGF-1のがん増殖リスクへの寄与度は、それが存在しても、低いと考えられる、とまとめています。しかしこれは短絡的すぎる結論です。
牛乳に含まれるIGF-1だけが体内のIGF-1を増やすわけではないからです。2017年の論文*1は次のように結論づけています。
乳のIGF-1が体内のIGF-1濃度に生理的影響を及ぼす可能性は低く、牛乳は間接的なメカニズムによって全身のIGF-1濃度を増加させることができます。メカニズムの1つは、カゼイン(牛乳に含まれるもの)を含む牛乳由来のタンパク質に存在する分岐アミノ酸が原因である可能性があります。
牛乳摂取が、体内のIGF-1を増加させることを多くの研究が示しています。
10〜12歳の子供の牛乳摂取は、IGF-1の血清レベルが9〜20%増加することが、様々な研究で示されています*1。2009年の研究は、成人における乳製品のタンパク質とカルシウムの摂取量が多いことと、IGF-1濃度は正の関係があるという結果を導き出しています*2。カゼインを1週間にわたって補給すると、8歳の男の子の血清中のIGF-1濃度が増加します*3。55歳から85歳までの健康な男女240人を観察した研究では牛乳を補給したグループでIGF-1が10%増加しました*4。
*1 Best Practice & Research Clinical Endocrinology & Metabolism Volume 31, Issue 4, August 2017, Pages 409-418
*2 DOI: 10.1158/1055-9965.EPI-08-0781 Published May 2009 The Association between Diet and Serum Concentrations of IGF-I, IGFBP-1, IGFBP-2, and IGFBP-3 in the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition
*3 Published: 27 May 2009 Differential effects of casein versus whey on fasting plasma levels of insulin, IGF-1 and IGF-1/IGFBP-3: results from a randomized 7-day supplementation study in prepubertal boys
*4 J Am Diet Assoc. 1999 Oct;99(10):1228-33.Dietary changes favorably affect bone remodeling in older adults.
余談ですが、牛乳を飲まないヴィーガンはIGF-1が低いという研究もあります。
次に個別のガンについてみていきます。
乳がん
一般社団法人Jミルクは「牛乳中の女性ホルモンはごく微量で、健康に影響はありません。乳がんの発症リスクは心配に及びません。」というレポートを出していますが、2020年2月に発表された研究は、 1日あたり1/4〜1/3カップの牛乳が30%の乳がんリスクの増加、1日に1杯は50%、1日に2〜3杯飲むと、リスクはさらに70〜80%に増加する可能性があると言います。
アメリカ国立がん研究所の資金で行われた研究(2003年12月-2014年10月の間に乳癌と診断された1941人の女性と1237人の対照参加者を調査)ではスライスチーズ、チェダーチーズ、クリームチーズを最も多く消費した人が乳がんのリスクを53%増加させていることが分かりました。また牛乳を最も多く飲んだER乳がん(乳がんの種類の一つ)を持つ人は、乳がんのリスクが58%増加しました。
余談ですが、ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の増加は乳がんと関係があることがよく知られています。ある研究では、8-10才の少女たちにやや低脂肪で動物性食品の少ない食事を7年間継続させただけで、思春期の始まりと共に増加するいくつかの女性ホルモンを20-30%(プロゲステロンの場合は50%という低いレベルにまで)減らすことができることがわかりました。またこの研究では乳製品の消費量とエストラジオール(エストロゲンの一つ)の間に正の関連を観察しています。
前立腺がん
乳製品と前立腺ガンの関係を証明する多くの文献があります。
2001年にハーバード大学がおこなった検証(症例対照研究12、コホート研究7)では、「ある程度の乳製品の摂取」と前立腺がんとに正の関係があることが分かりました。この研究の中で乳製品の摂取が最大量だった男性は最小量の男性と比べ、前立腺がんの総合リスクは二倍、転移性あるいは致命的な前立腺がんのリスクは四倍にまで増加していました。
国立がん研究センター(日本)が2008年に発表した多目的コホート研究(45~74歳の男性約4万3千人)では、乳製品、牛乳、ヨーグルトの摂取量が最も多いグループの前立腺がんリスクは、最も少ないグループのそれぞれ約1.6倍、1.5倍、1.5倍で、摂取量が増えるほど前立腺がんのリスクが高くなるという結果でした。さらに、前立腺がんの進行度別にわけても、同様の結果がみられました。
乳製品、飽和脂肪酸、カルシウム摂取量と前立腺がんとの関連について「多目的コホート研究(JPHC研究)」
2014年の論文は、乳タンパク質のカゼインが、PC3やLNCaPなどの前立腺癌細胞の増殖を促進すると結論付けています。
その他のガン
コホート研究の結果から、乳製品の消費が少ないことを特徴とする乳糖不耐症の人々は、肺がん、乳がん、および卵巣癌のリスクが低下していることがわかりました。
メタ分析の結果、3つのコホート研究は一貫して、乳製品総量、低脂肪乳、乳糖の摂取量と卵巣癌のリスクとの間に有意な正の関連があることを示しています。
結腸癌患者では、牛乳の消費量が多いと、血清中のIGF-I濃度が約11%増加することが観察されました。